こんばんは!
今日は風が強くて暑いのやら涼しいのやら。
お洗濯はパートから帰宅してからでも乾きまして。
これからは、お洗濯に関しては助かる季節になってきました。
さてさて。
今日は。
パートの帰りに、ご近所さんにバッタリ会いました。
我が家の愛犬ナチヲちゃんを可愛がってくださっていた方です。
ご近所さんとはいえ。
会わない時は会わないもので。
思えばナチヲちゃんが亡くなる4日前に、カート散歩途中にお会いしていらいでした。
やはり。
「ナッちゃん元気?」と言われました。
私はナチヲちゃんがお空に行った旨を伝えました。
それはそれは悲しんでくださり。
涙目になってらっしゃいまして。
私も涙目になり、二人で半分泣きながら話しをしました。
それもそのはずで。
そのご近所さんも、去年の今頃に愛犬ちゃんを亡くしていました。
私もそれを知っていたので、お互いに辛い気持ちを話しました。
「1年経った今でも、まだまだ思いだすとね、ダメね。」
……そんな風に、仰っていました。
そりゃそうですよね。
何十年と一緒に暮らし。
愛犬が居た時の、その習慣や考え方を直ぐに変える事の方が難しい訳です。
私なんかも最近。
ナチヲちゃんが居ないのが解っているのに。
朝起きて、まだ寝ているナチヲちゃんを起こさないように静か〜に歩くのですが。
お空に行ったのに。
いまだに、まだやる時ありますから。
あ、そうだ。
居ないんだった…。
愛犬に残された私達家族は。
看取れてやれて良かったとか。
最期まで頑張って偉かったねとか。
何とか納得しようと、その死を辛いだけの思い出にしないような変換を脳内で行ったりしますが。
(もちろん本心でもある)
頭では理解していても。
もう戻る事のない愛犬の存在の大きさや愛しさに。
どうして良いやら解らなくなる時があり。
そんな時は、ただただ時間だけが過ぎ。
はあ…もう夜か…。
やる事の無くなった日々を、どう過ごせば良いのかなと。
ボンヤリするしかない時もあります。
だって、いつもいつも。
隣に居たんですからね。
特に晩年はオムツかえたり、寒くないか湯たんぽしたり、動きたそうにしていたら介助したり。
様々なお世話していましたから。
本当に、いつも一緒でしたね。
今日はご近所さんと。
お互いの愛犬の話しができて良かったです。
確かに存在したんだと。
当たり前ですが。
ナチヲちゃんは、この世界で楽しく暮らしていたんだなと思いまして。
良かったよ、ナッちゃん(•‿•)